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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)8569号 判決

原告

羽鳥京一

右訴訟代理人弁護士

梓沢和幸

山本裕夫

被告

青木重雄

右訴訟代理人弁護士

宮沢邦夫

藤本博史

主文

一  被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五五年八月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五五年八月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「原告所有地」という)及び同地上の同目録(二)、(三)記載の建物(以下「原告建物」という)を所有し、妻美枝子、長男修、次男越とともに右建物に居住している。なお、原告所有地の一部は訴外西村清吉らに建物所有の目的で賃貸中である。

2  不法行為の当事者・本件建物の位置関係等

(1) 被告は、原告所有地の西側に隣接する敷地上に鉄筋コンクリート地上五階建、高さ二一・二五メートルの分譲マンション、グリーンコーポ赤羽(別紙物件目録(四)記載の建物、以下「本件建物」という)を建築した。

被告は、昭和五四年六月初旬本件建物の位置を同敷地と原告所有地との境界から西側一・二メートル引き離して建てる旨、原告との間で合意したにもかかわらず、その合意に反し境界より僅か三三センチメートルの位置に本件建物の躯体を建ち上げ、さらに昭和五五年三月頃より内装工事に入り、五月末頃竣工させたものである。

なお、本件建物と原告建物及び近隣建物との位置関係は別紙建物概略配置図のとおりである。

(2) ところで、被告は本件建物の建築主は被告が代表者である訴外青木産業株式会社(以下「青木産業」という)である旨主張しているが、当時青木産業は法人としての実態を備えていない会社であり、本件建設の建築主は被告個人とみるのが相当である。

(3) 仮に建築主が青木産業であるとしても、被告が本件建物の建築企画の責任者として行動してきたこと等からすれば、被告個人も原告に対する不法行為につき責任を負うべきである。

(4) また、建築工事に際しては被告は近隣住民に被告個人が建築主であり責任者であると自認しながら、自らの都合による内部的経理処理に青木産業という法人格を利用したことを理由として責任を回避することは禁反言の法理に照らしても許されるべきではない。

3  本件建物の地域性について

原告建物の周囲は、北方は準工業地域となつているものの、その南方は、赤羽台の住宅街を控えた住宅地で、用途地域も明確に住居地域と指定されている。近隣の高層建築の大半は本件建物とは遠く離れた荒川新河岸川沿いに立地し、しかも広い敷地面積に近隣への日影被害を生ぜしめるおそれがないように建設された公共住宅である。また、近隣の民間高層建築物である「ディアハイム赤羽」にしたところで、本件建物からはずつと新河岸川寄りの用途地域は工業地域と指定されたところに立地し、しかも右と同様、近隣に日影を及ぼすことのないよう十分な広さの敷地を確保しているのである。

結局、本件建物の周辺で、住居地域内に、しかも本件建物の如く、狭溢な土地に隣家と僅か三三センチメートルという間隔しか置かずマンションを建築した例は全くないのであつて、本件建物は地域性の点からみても是認し難いものである。

別紙 建物概略配置図

4  本件建物による日影等の被害について

本件建物の敷地は長い間空地となつており、原告は従前良好な生活環境を享受してきたが、本件建物が建つたことにより次のように受忍限度を著しくこえる日照阻害等の生活被害を受けるに至つた。

(1) 日照阻害

本件建物の建築により別紙建物(二)(以下「原告母屋」という)では冬至には僅か一時間の日照しか得られないことになる。

すなわち、本件建物の日影を見れば概略次のとおりである。

母屋全体についてみれば、早くも午前一一時四五分ころには西側通路部分に日影がかかり始め午後一時二五分ころには母屋全体が完全に日影に没することとなる。

次に、日影にとつて実質的に関連性の高い開口部に対する日影をみるに、原告母屋の一階南壁面は東側半間が物置に、また二階南壁面は東側一間が階段室と戸袋になつているため一階南開口部については午後一時一五分ころ、また二階開口部については(南壁面が一階より北側にずれることもあわさる結果)さらに午後一時ころと、日影に没する時刻が一段と早まることとなる。

更に、開口部の中心点を基準に考えれば、午後〇時四五分ころには、日影に入り、以後日没までその日影下にあることになり、結局、原告母屋は、午前一一時四五分ころより本件建物の日影の影響を受け始め、午後の日照の大半を本件建物により奪われることになるのである。

そして、原告建物は南東方向に位置する青山宅と南方向に位置する下田宅(木造二階建・原告所有地より約三メートル高い地盤の上にある)により午前八時以前から午後一時すぎまで日照を阻害されており、深刻な複合日影の被害を受けることになる。

前記原告母屋一階南開口部の中心点を基準にその影響をみると、午前八時以前から同一〇時四五分までは青山宅の、また同五〇分から午前一一時五〇分までは下田宅の日影下に入ることになる。

その結果、原告母屋は本件建物による日影と併せ考えるならば、右一階南開口部中心点の通算日照時間は、午前一〇時四五分から同五〇分までと午前一一時五〇分から午後〇時四五分までの合計、すなわち僅か六〇分しか確保されないこととなるのである。

また、原告建物(三)(以下「原告プレハブ」という)は、右青山宅及び東隣のアパートのほか南隣の西村宅の日影のため昼すぎまで日照を阻害されていたが、さらに本件建物の建築により西側まで遮蔽されるため、終日日照を得ることが不可能になつた。

原告建物に対する日照阻害の加害建物の側からみれば、右のとおり午後の日照の大半を奪う本件建物の及ぼす被害が最も甚大であることは明らかであり、しかも、青山宅や下田宅は木造二階建で原告建物とも距離があることから、春秋分から夏至にかけては日照阻害は無いか僅かであると考えられるのに対し、本件建物は原告建物の直近に位置し、かつ五階建でもあるため春秋分や夏至でも被害は殆ど軽減されないのであつて、右複合日影において被告の占める責任は格段に重いものと言わなければならない。

右のような著しい日照阻害により、太陽のエネルギーは大きく奪われ冬の冷えこみも厳しくなり、また洗濯物や布団を十分干せなくなる等生活上重大な被害を受けることになる。そればかりか、日照は健康保持のため特に重要性を有するところ、とりわけ原告ら夫婦は高齢に達しており、右のような日照阻害は原告らの健康にも極めて重大な影響を及ぼすと考えられる。

また、右プレハブの屋根の上には二〇〇個に及ぶさつきの鉢植えがあるが、その枯死による損害も重大である。

(2) 採光の悪化

右の日照阻害に伴い採光状況は著しく悪化した。とりわけ本件建物が近いところでは境界線から僅か三三センチメートルの至近距離に建つたためその影響は著しく、原告母屋一階やプレハブでは日中から電灯をつけざるを得ない状況である。また、原告が絵画の趣味のため作つた母屋二階のアトリエの採光状況も著しく悪化した。

(3) 圧迫感

右のように僅か三三センチメートルという至近距離に約二〇メートルもの本件建物が建ち原告宅南西一面を覆い、原告及びその家族は毎日の生活で天空阻害による著しい圧迫感を強いられることになつた。とりわけ、原告建物は前記のように南側は西村、下田宅に、南東側は青山宅に囲まれており、本件建物完成後は、いわば「穴倉」の中で生活するような状況を余儀なくされている。

(4) その他本件建物完成後は、通風阻害や雨落ちによる被害も予想されるほか、プライバシー侵害や落下物による被害等の各種被害を受けている。

(5) また右のような生活環境の悪化により原告所有地の交換価値は著しく低下し、三割程度の減価は免れない。

以上のように、原告は本件建物の建築により従来享受してきた快適な生活環境を破壊され、著しく劣悪な環境の下で生活することを余儀なくされたが、このことにより原告が受けた精神的損害を金銭的に評価すれば、金五〇〇万円を下ることはない。

5  よつて、原告は不法行為を理由として、被告に対し金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2(本件建物の建築主・位置関係等について)

同2の事実のうち、本件建物の建築主が被告であるとの点は否認する。本件建物の建築主は青木産業である。

本件建物が鉄筋コンクリート地上五階建の分譲マンションであることは認めるが、その高さは地盤面より一五・〇六メートルである。

被告が本件建物の位置を境界線から一・二メートル離すという合意をしたとの点は否認する。被告は建物の基礎である地上梁の通り芯までが、一・二メートルであると説明したものである。

3  地域性について

本件建物は住宅地域にこそ属しているが環状八号線をへだてた北方の工業地域、北東の準工業地域に接しており、かつその住宅地域自体も南方を赤羽台地に画され、右準工業地域及び工業地域にはさまれた狭溢なものであつて、右工業、準工業地域に準ずる性格をもつた土地柄である。昭和六〇年九月三〇日には、原告建物北側に存する環状八号線のわずか三〇〇メートル西方に国鉄埼京線の浮間舟渡駅が設けられ、本件建物周辺を含む右八号線沿は高層マンション建設等一層の高層化が進行しつつある。

現に、原告建物から北方約七〇メートルに位置する鈴木金属工業株式会社の工場跡地上に鹿島建設株式会社施行にかかる地上一二階建のマンション「ディアハイム赤羽」が建築されている。右建物は敷地面積五七八四平方メートルに対し、容積率一九九・八四パーセントの法定許容限度一杯に建てられるものであつて、原告が言うような近隣に日影等の影響を及ぼさないように特に配慮された建物ではない。ちなみに右マンションを被告の建物と比較すると高さにして約二・三倍、建築面積においては約五・六倍と著しく巨大なもので、被告においては、同程度の規模のマンションが西南のもう一つの鈴木金属工業跡地にも建築される予定であると聞いており、周辺地域は着々と高層化が進行しつつあると言える。

4  日影等について

(1) 本件建物は、冬至においてこそ原告母屋に対し、正午(真太陽時)ころから日影を生ぜしめ、午後一時三〇分ころから四時ころまで原告建物は、本件建物の日影下にあるけれども、それ以後は原告母屋の北西角に日があたる状況にある。本件建物は原告の建物の西側南寄りに位置し、かつその形状の特異性から、西方からの日照を遮る割合は少ない。

六月ころにおいては、原告母屋は正午ごろから西方からの日照を受け、終日日照のとぎれることがないのである。

(2) 原告は原告母屋南一階開口部の本件建物による日影を云々するが、本件において次に述べるとおり、右一階南開口部を問題にするのは殆ど意味がないと言うべきである。

すなわち原告一階南開口部の上には、バルコニー(南端において幅約三〇センチメートルの梁によつて支えられている。)のうち、長さ約一・二五メートルの部分が蔽いかぶさり、東方部分には物置のうち同様長さ約一・二五メートルの部分が南へ突出し、右バルコニー南端から約五一センチメートル離れた所に原告プレハブの軒がさしかかり、このバルコニー並びにその梁、物置及びプレハブの軒が一階南開口部に日影を生ぜしめている。したがつて、仮に本件建物がなくても正午から午後二時までは、原告一階南開口部は原告プレハブ等の日影のため、窓の上辺部約五〇センチメートル程の部分が日に照らされるだけであり、右プレハブの影が東へ移動する午後二時以降においても原告母屋の西方側面には半透明の波型ビニール板が設置され、この影が東へ伸びて行くため、午後四時において、一階南開口部の窓のうち、西方窓の西方半間分までが右ビニール板の日影下となる。

よつて原告母屋一階南開口部のうち本件建物の日影によつて初めて影響を被るのは、正午から午後二時頃までは、一階南開口部のうち窓の上辺約五〇センチメートルの幅を限度として西方から東方へ徐々に伸びてゆく日影下の部分、同時刻前後以降は西方から東方へ移動する同開口部の窓の約半間位の大きさの日影下の部分にすぎないのである。

右のように原告一階南開口部は本件建物が建築される前から、原告自身の建築物又はその一部により殆ど日照を得られなかつたのであるから、本件建物による日影の影響を考えるのは意味がないと言うべきである。

(3) また原告は「深刻な複合日影」の存在を主張するけれども、その複合日影を生ぜしめる建物は原告宅南東に位置する青山宅にしろ、南方に位置する下田宅にしろ、いずれも木造二階建のありふれた住宅であつて、「複合日影」を生ぜしめる建物と言うに値せず、むしろ、右は原告宅の敷地がもともと周囲の土地と比較して低地にあるという弱点から生じているものであつて、日照の享受の点からすれば本来的に不利益をこうむつても、やむを得ないと言うべきである。

しかも、下田宅の日影によつて原告がある程度不利益をこうむつているとしても、それは原告が訴外下田に原告宅と地続きで、しかも南方高台の土地を二階建建物を所有する目的で賃貸していることを原因としているのであつて、いずれの点からみても、日影の複合をいう点は失当である。

右のような土地柄にも拘らず、原告において従前比較的良好な日照を得られていたのは、被告らが偶々本件建物敷地を青木産業の材料置場ないしは駐車場に使用していたからであつて、右に二階建建物が存したとすれば、原告建物はもともと午後の十分な日照は得られなかつたはずのものでもある。

(4) 以上の点、並びに本件建物は五階建程度の建物であり、建築基準法上の日影規制に適合した建物であることを考え合わせると原告の受ける不利益は受忍限度の範囲内のものであることは明らかである。

(5) また、原告はプライバシーの侵害、並びに落下物による被害等を主張するけれども、原告建物及び本件建物の位置構造によれば、本件建物から原告建物内部をうかがうことはできず、プライバシーの侵害を言うのは当らず、また落下物の被害の主張も具体的被害の主張立証がなく、また建物の区分所有者自らの行為にまで建築主らが責任をとらねばならない理由もない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二不法行為の当事者について

原告は、第一次的に被告が本件建物の建築主であることを前提として日照阻害等による不法行為に基づいて、被告に対し本訴請求をなしているところ、被告は本件建物の建築主であることを否認し、建築主は青木産業である旨主張するので、この点について判断する。

〈証拠〉によると、被告は本件建物周辺の住民に対し、被告が建築主であると言明してきたこと、本件建物工事に伴う被害補償の契約書に建築主として被告個人名義を表示していること、青木産業は昭和五三年一〇月三一日に解散した会社であつたこと等の事実が認められる。

他方、〈証拠〉によれば、青木産業の代表者である被告は、解散中の青木産業を新たに不動産事業を営む目的で昭和五四年六月二〇日会社継続の手続をとり、本件建物の建築主とし、そのため青木産業名義で本件建物の建築資金を借入れ、工事請負契約、建築確認申請手続は青木産業を当事者であるとして進められていたこと等の事実が認められ、これらの事実を総合すると、本件建物の建築主は青木産業であると認められるのであつて、被告が個人と法人の区別を明確に意識せずに周辺の住民等に被告個人が責任者である旨言明したことをもつて、右認定を左右することはできない。

また、本件では被告が全くの形骸にすぎない青木産業の法人格を利用して責任を回避する等の目的で法人格を濫用したと認めるべき証拠もない。

次いで、原告は建築主が青木産業であるとしても、被告も不法行為責任を負うべきである旨主張するので判断するに、法人の代表者等の機関が不法行為をなした場合に法人にも不法行為責任を負わせるのが相当であるが(民法四四条)、その場合でも当該不法行為をなした個人の不法行為責任が否定されるわけではないのであつて、本件建物の建築による被害が存し、それが原告に対し通常受忍されるべき限度をこえた不利益を強いる違法のものであつたと認められる限り、本件建物の建築の企画に青木産業代表者として実質的に関与したと認められる被告個人もその責任を負うべきであると解される。

そこで、進んで本件建物の位置関係、地域性、本件建物の建築による原告の被害の有無・程度について検討する。

三本件建物の位置関係等について

本件建物が鉄筋コンクリート五階建の分譲マンションであることは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件建物の五階部分までの高さは地盤面から一五・〇六メートルとされているが、原告所有地の北側道路面上からは約一六・五メートル(屋上塔屋部分の高さを加えると約二一メートル)あること、本件建物は原告母屋西側ビニール板から約三三センチメートルの距離に建てられていること、本件建物と原告建物及び近隣建物との位置関係は別紙建物概略配置図のとおりであることが認められる。

なお、原告本人の供述中には本件建物建築前に本件建物を境界から一・二メートル離して建築する旨の合意があつた旨の部分があるが、被告本人の供述と対比すると直ちに採用することができず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

四地域性について

〈証拠〉を総合すると、

本件建物の属する地域は北東方向は荒川新河岸方向より手前へ環状八号線道路にかけて、順次工業、準工業地域、北西、南西方向が工業地域と接しているが、本件建物の属する地域は帯状の住居地域となつており、その南方は台地上の赤羽台第二種住居専用地域と接していること、本件建物の北方環状八号線沿いは国鉄埼京線の開通等により中高層建物の建築が進行しつつあり、また、本件建物の北方約七〇メートルの工業地域内には高層マンションが建築されているが、本件建物の属する住居地域内近辺ではまだ本件建物のような五階建程度以上の中高層建物は本件建物以外には見該らないこと、以上の事実が認められる。

五日影等の被害について

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告建物は原告所有地北側に木造瓦葺モルタル塗り二階建の原告母屋が、その南側に木造トタン葺一階建プレハブの離れ(原告プレハブ)が存する。この原告プレハブの南及び南東側は台地状の土地になつており、南側に西村宅、下田宅の木造平家一部二階建共同住宅が(その敷地は原告所有地の一部である。)、その東隣に青山宅(茂木宅)が存し、これらの建物敷地と原告建物の敷地とでは約三・五メートルの落差がみられる。そして、原告建物東隣には二階建アパートが存する。そのため、原告建物は本件建物と合わせ、西、南、東の三方向を囲まれた谷間に位置する形状にある。

2  右青山宅(茂木宅)、下田宅及び東隣のアパートにより、原告建物は冬至において午前八時から正午すぎまで日影下にあり、原告母屋一階南開口部中心点を基準とした場合午前八時以前から午前一〇時四五分までは青山宅の、同一〇時五〇分から午前一一時五〇分までは下田宅の日影下にあつた。

しかし、本件建物建築以前は本件建物敷地を青木産業が材料置場ないし駐車場に使用していたため、原告建物は正午ころから日没まで南西方向からの日照を十分に享受していた。

3  本件建物建築後は冬至において、原告母屋西側部分に午前一一時四五分ころには本件建物の日影がかかり始め、午後一時二五分ころには原告母屋全体が本件建物の日影に没することになる。ただし、午後四時以後原告母屋北西角には日照があたることになる。

そして、原告母屋一階南開口部分中心点を基準にすると、午後〇時四五分ころには本件建物の日影に入り、以後日没まで本件建物の日影下にあることになる。

4  以上のように前記青山宅(茂木宅)、下田宅及び本件建物の日影の複合により、冬至において原告母屋一階南開口部中心点についてみれば、通算日照時間は午前一〇時四五分から同五〇分までの五分間と午前一一時五〇分から午後〇時四五分までの五五分間、合計六〇分間の日照が得られるのみであり、また、原告プレハブは終日日照を得られなくなつた。

もつとも、本件建物建築以前にも原告母屋一階南開口部は原告母屋バルコニー、原告プレハブ等の日影により、窓の上辺部以外は面積的に十分な日照を得られていたとはいえない。

しかし、原告プレハブ上部より原告母屋一階に差し込んでいた午後の日照も、本件建物建築後はその日影下に入つたため、原告母屋一階の採光状態は更に悪化し、原告母屋一階やプレハブでは昼すぎから、電灯をつける必要性がある状況になつた。

5  本件建物は、原告母屋の外壁に相当する西側のビニール板塀から三三センチメートルの距離に北側道路面から約一六・五メートルの高さに立ち上がつているため、その圧迫感は相当大きいものがある。

また、原告プレハブの屋根上その他にさつき等の多数の鉢植植物が存する。

その他、原告所有地内には本件建物の区分所有者に起因すると思われる雑誌等の落下物が散見される。

六責任

以上の認定事実に基づいて被告が原告主張のような責任を負うべきか否かについて判断する。

1 日照被害について

被告は本件建物は建築基準法上の日影規制に適合しているから違法となることはない旨主張するところ、〈証拠〉によれば本件建物が日影規制に適合していることが認められる。

しかし、建築基準法は最低限度の公法的基準にすぎず、私人間の相隣関係の規制を直接の目的とするものではないから同法上の適法な建築だからといつて、不法行為責任を直ちに否定すべきことにはならない。

そこで、更に検討するに、原告建物は既存の東側アパート、南東の青山宅(茂木宅)、南側の下田宅の各建物により午前中の日照を阻害されていたうえに、原告プレハブ等の日影により原告母屋一階は面積的に必ずしも十分な日照を得ていたわけではないが、その残されていた午後の日照の大半及び二階開口部の日照も本件建物によつて十分に享受しえなくなつたものである。

もつとも、複合日影が生じた場合に、新たな建物の建築による加害者に既存の建物による日影の責任まで負わせることはできないのであり、本来的には本件建物の日影被害の程度に応じてその受忍限度を考慮すべきであるが、かような見地にたつてみても、前認定の本件建物による日照侵害の程度は受忍限度を超えているものと認めるのが相当である。

2 その他被害について

前認定のとおり、本件建物による採光の悪化、圧迫感も無視しえないものがあるというべきである。

しかし、被告以外の本件建物区分所有者によるプライバシーの侵害、落下物による被害等の点についてまで被告が責任を負うべきものとすることはできず、さつき等の枯死による損害、本件建物建築による原告所有地の評価額の低下を認めるに足りる証拠はない。

3 損害について

そこで、以上の日照阻害等の原告の精神的苦痛に対する慰藉料について判断するに、本件建物が日影規制に適合していること、原告建物の日照被害の程度、採光の悪化、圧迫感等の被害の程度、本件建物が住居地域内にあること、本件建物周辺地域の高層化の進行の状況、その他一切の事情を総合して勘案すれば、慰藉料の額は金五〇万円が相当である。

七よつて、原告の本訴請求は主文一項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条を仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官高橋隆一)

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